小さなお葬式(長岡京正光会館)を実際に利用した方から体験談をいただきました。
お葬式の概要
時期 | 2016年 |
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場所 | 京都府長岡京市 |
種類 | 一日葬 |
通夜 | なし |
葬儀・告別式 | 8人 |
葬儀社 | 小さなお葬式 |
斎場、ホール | 長岡京正光会館 |
葬儀社に支払った金額 | 37万円 |
お布施額 | なし |
小さなお葬式を選んだ理由
父が亡くなり、病院で途方に暮れていた時、スマホでとにかく安い葬儀社を検索して、出てきたサイトに連絡をした。
やはり家族を失った時に、色々と選ぶ余裕はなかったので、連絡した後は、もう先方に任せるのが精いっぱいだった。
小さなお葬式の評判、口コミ
父は生前、「俺が死んでもお金は使うな、お母さんのために残しておいてほしい。」と、何度も言っていました。
祖父が亡くなった時、祖母が信仰心が大変強かったため、かなり盛大なお葬式を出したそうです。
祖母が葬儀にかなりのお金を使い、相当疲れてしまった姿を見て、とてもかわいそうな気になったそうです。
その信仰心が強かった祖母は、父に、「私が死んでも、お金は使わないでほしい。」と言ったそうです。
祖母は、虚しさのようなものを感じていたのでしょうか・・?
そして、父は祖母が亡くなった時、それなりの葬儀をしたようですが、私たち兄弟には、「葬儀はいらない、すぐ火葬場に連れて行ってくれればいい。」と言っていました。
その父が亡くなり、姉と二人、やはりささやかに送りたいという話になり、少し父の遺志には反するが、小さな葬儀をすることにしました。
病院でスマホで検索をして、「京都 家族葬 安い」と検索して、「小さなお葬式」にたどり着きました。
父は大変珍しい病気だったので、病院が病理解剖を希望してきました。
解剖後は、亡骸を無料で自宅まで送らせてもらうとのことでした。
実家まで送ってくれることになった業者は、「公益社」でした。
父を乗せた公益社の車を、僕の車で先導して実家まで帰り、父を降ろしてもらった後、公益社は寝台車の代金を請求してきました。
病院には無料と聞いていたので、拒否すると、少し押し問答になり、結局病院に電話で連絡をして説明してもらい、納得して公益社は帰っていきました。
悲しみの中、大変気分の悪い思いをしました。
気の弱い人なら、払ってしまうのではないかと思いました。
本当に行き違いだったのでしょうか?確信犯のような気もしてしまいます。
その後、連絡をしていた「小さなお葬式」のスタッフの方が来てくれました。
とても親切に、一つ一つ丁寧に流れを説明してくれて、こちらが父の遺志で、お金はあまり使いたくない趣旨を告げると、それに沿った葬儀を提案してくれました。
戒名も自分たちで考えるつもりでした。
それにも否定的なことは一切言わず、むしろ協力的に戒名の付け方など、色んな事を教えてくださいました。
それならば、お坊さんも呼ばず、お父さんのお好きだった音楽をかけて、お父さんを送ってあげましょうという提案をしてくれました。
母は体が弱く、病気をしているので、葬儀には出席できませんでした。
実家で父の納棺の際、母はそれまで一切泣かなかったのですが、葬儀に出られない無念さと、この場でお別れとなった思いからか、母は号泣しました。
それを見て、私たち兄弟、親戚たちは涙を抑えられませんでした。
驚いたことに、その納棺の際、若いスタッフの方が、母の涙を見て涙を浮かべていました。
もしかしたら、演技なのかもしれません。
だけど、その姿は、ほんとうにうれしかったです。
葬儀の際、姉が父への手紙を読むシーンがあったのですが、喪主である私は嗚咽するほど号泣してしまいました。
そっとハンカチを渡してくれたのは、葬儀社の社長さんでした。
あの若いスタッフの方も、また泣いていました。
火葬場へ移動する際も、社長さんから色んな話をしてくださいました。
「小さな葬儀でよかったんだろうか?後から色々思うことがあるかもしれないけれど、その悩む姿を見て、天国のお父さんは困らせたかな?って思ってしまいますよ。
私達から見て、本当に仲の良いご家族だったんだなと想像できるいいお葬式でしたよ、最後は笑顔で送ってあげましょう。」
実は少し、これで良かったのかな?もっと昔の友人とか呼んであげるべきだったのかな?と思ったりしていたのですが、その思いを察したのか、社長さんのお言葉は、とても救いになりました。
参列してくれた親戚も、「本当にいい葬儀だった。お父さんも喜んでいると思うよ。」とみんな言ってくれました。
小さなお葬式に依頼して、本当によかったと思っています。